ラケール・エスクデロ・ビジャベルデ、スペイン
ラケールとアリシアは笑っています。また笑います。大きな笑い声が一瞬、小さなクスクス笑いに変わります。互いに身を寄せ合い、ちょっとの間優しく額を合わせながら一息ついた後、すごい勢いで振り向くとまた笑いの波が起きました。
彼女たちは幼なじみ。2 人の間には、言葉と同じくらい言葉以外のコミュニケーションを通じてお互いを理解してきた年月が見てとれます。
ラケール・エスクデロは、笑い過ぎて出た涙を拭くと、身を乗り出して話を続けます。「私たちは知り合って 12 年経ちます。」快活な話し手である彼女の目、手、そして表情は、彼女の言葉と同じくらい多くのことを語ります。
彼女は続けます。「アリシアは私の一番の車椅子の押し手の 1 人です。彼女はどこにでも私を連れて行ってくれます。どんなに急な坂であっても道を見つけてくれるのです。どんな問題でも、彼女は解決してくれます。」
これではジョークの説明にはなりませんが、彼女たちが冒険や大変な状況、楽しみを何年も共有してきたことはそれとなくわかります。
グループで最年少で唯一独身のイサベルが到着しました。仲間が昨夜の夜遊びについて詳しく話し出すと、いけないと思いつつも笑わずにはいられません。話題はラケールの間近に迫った旅行に移ります。3 日後、彼女はメキシコに旅立ちます。目的地はカンクンのリゾートでも、ユカタン半島のマヤ遺跡でもありません。少なくとも観光名所巡りではないようです。
ラケールの旅行熱と他国の文化への憧れがメキシコのジャングルへと彼女を向かわせます。そこで、彼女は先住民の居住地を訪れる予定です。友人たちが、ラケールが訪れた国を一緒に数えます。その数は、これまで 33 か国。まだ 40 歳の人からすれば少ない数ではありません。さらにすごいのは、これまでの旅行の多くが一生に一度の体験と言えるほどのものであることです。
ラケールの一行には、長年のボーイフレンドであるファン・ヘススと、もう 1 組のカップルがいます。ラケールの車椅子は問題を引き起こすどころか、冒険旅行になくてはならないものとなるでしょう。「友人たちと同じ場所に行ける旅行の計画を立てるのは楽しいです。」と彼女は続けます。「もし私が目的地に行けなくても、私抜きで彼らが行けばいいのです。それはそれで楽しいでしょう。なぜなら、私は一人のとき、他のさまざまな人と出会えるからです。人はいつも私の車椅子に関心を持ち、私に話しかけてくれます。」
アリシアは鼻を鳴らしながら大笑いし、イサベルは身を乗り出して説明します。「ラケールは磁石のように人を引き付けるのです。」落ち着きを取り戻したアリシアが相槌を打ちます。「5 分間でも彼女を一人にして、じっと観察していると、彼女はいつも人と話をしているの。その中にはとても変わった人がいます。彼女の後を付いていけば、面白い映像を撮影できるはず!」
面白い本も作れるに違いありません。ラケールの体験が多くの章にちりばめられることでしょう。カンボジアで、彼女は蛇を食べたことがあります。ラケールは、現地の言葉でコミュニケーションを取る代わりにメニューの写真を指差したのです。ウェイターが彼女の注文を取りにきて、数分して戻ってきました。手の中には 2 匹の生きた蛇がうごめいていました。「どうすればいいのかしら? とりあえず、どちらか 1 匹選べばいいのかしら?」と、彼女は尋ねます。「美味しかったですよ。少し鶏肉に似た、淡泊な味の白身の肉でした。」
インドではシーク教の寺院を訪ねました。友人たちは入場を許可されたものの、彼女の車椅子はタイヤの汚れがつくということで、彼女は寺院には入れませんでした。すると、ある信者が彼女に奇妙な食べ物を差し出しました。彼女の病気が治るというのです。幸い、彼女は、その信者に不快な思いをさせることなく食べ物を丁重に断ることができました。自分の宗教では間食をしてはならないという、彼女がとっさに考えた言い訳のおかげで。
彼女は、ガンジス川で他の人の邪魔にならないように車椅子を操作しました。ファン・ヘススや仲間の手を借りながら小さなボートを操り、インドで最も有名な川の旅に出かけました。
彼女は、ある事故が元で脊髄損傷を負ってしまいました。ナミビアの田舎での自動車事故でした。ナミビアでの事故の後、南アフリカの病院で約 1 か月入院した後、トレドの専門病院で 10 か月を過ごしました。
もともと家族の絆は強いものでしたが、このことがきっかけで両親と彼女の姉妹、エヴァとエレナとの絆はさらに強まりました。「素晴らしい家族です。」と彼女は言います。「私のためにいつも側にいてくれるのです。」
事故から 5 年の間に彼女はエジプト、日本、インド、カメルーン、米国、タイ、カンボジア、ベトナムを旅行しました。次はメキシコです。彼女が旅行した中で最も辺鄙な場所は、ナミビアでの事故の約 1 年前に訪れたパプアニューギニアのジャングルの奥地です。
ラケールの説明によれば、「現地の部族の村は人里からかなり離れた場所にあり、3 日間ボートで川を下り、ジャングルの中を 3 日間歩いてやっと彼らの村を見つけました。彼らは石斧を利用して木を伐採し、食人の風習がありました。私は、村人から弓と矢の贈り物を受け取り、お返しに米と小麦粉を彼らに贈りました。この弓矢がこれまでで一番素敵なお土産です。」
「多くの人が、なぜこの国に旅行しに来たのか私に尋ねます。‘アフリカになぜまた行く必要があるのか?’ と聞かれたとき、私はこう答えます。私はヨーロッパの文化は知っています。でも、アフリカやアジア、アメリカ大陸に旅行することは全く異なる経験です。それは、人生に対して違う見方を与えてくれます。それはとても貴重なことです。私はなんて幸運なんだろうと実感できるのです。たとえ、脊髄損傷を負っていたとしても。」
「旅行は私を謙虚にもしてくれました。私は事故に遭って車椅子生活となりましたが、台所や浴室で水を使うことができます。各国を旅行し、多くの人々が我慢を強いられている状況を見ると、私はなんて恵まれているのかと思うのです。そのような状況を見れば、自分がかわいそうだと思うことなんてできません。」
昨年の 12 月、ラケールはカメルーンに行き、沿岸沿いの小さな村を訪れました。彼女はペン、鉛筆、ノートを携えて現地の小学校に贈りました。「お金が有効に使われ、私と同じようなチャンスを持てない人々を支援できるのは素晴らしいことです。」と、彼女は語ります。
ラケールと彼女の親しい友人との関係を最も良く表す言葉は冒険心と思いやりでしょう。ラケールが生まれも育ちもマドリードの友人たちと一緒に体験してきた苦楽の逸話は彼らの冒険心そのものです。しかし、それと同時に明らかなのは彼らの親密な友情です。
ラケールは、アリシアとイサベルの腕に自分の腕をからませながらこう締めくくります。「一緒に外に出て楽しみを共有するだけでなく、大変なときにも自分のそばにいてくれるのが親友です。誘い合わせてお酒を飲んだり、愚痴を聞いてくれたり、あなたの元に駆けつけてくれるのが親友です。」