ハンス・ペーター・トーマス、ドイツ

“レインコートに身を包む背の高い細身の男性。向かい風に頭を垂れ、人気のない石畳の広場を横切ります。黒い楽器ケースを肩にしっかり抱えています。彼が向かう先は、コンセルトヘボウ。肩に抱えるケースの形から、彼がチューバ奏者であることが伺えます。どこからともなく、少女の姿が。寒さには動じない様子 (コートを着ていない)。男性の傍らをスキップしていきます。両手を空に向かって振り上げながら、まるでバリ島のダンサーのように手を羽ばたかせています。”

ハンス・ペーターは、3 歳のときに父親を亡くしました。母親は、別れや苦難に直面するのは、これが初めてというわけではありませんでした。がっちりとした体格の女性で、苦しい状況でも決してへこたれることはありません。自分の子供たちに幸せの意味を知ってもらい、有り余るほど子供たちに注いでいる愛情を知ってもらうことが母親にとっては重要でした。悲しみに打ち負かされるものか、と彼女は誓いました。しかし、見渡す限りの悲しみが広がっていることが、習慣的に心の奥底をじっと見つめる彼女のまなざしから読み取ることができました。

ハンス・ペーターはこれまでに別れや苦難を共有してきましたが、自分の人生を振り返るうえでこうした言葉は決して口にしません。何かを尋ねれば、彼は感謝の言葉を口にします。自分のこれまでの道のりが決して思い描いた通りではなかったことを知っているにもかかわらず。

「重大な教訓には、大きな痛手が伴います。誰でも立ち直れるわけではありません。」と彼は語ります。「助けを求めるのは簡単なことではありません。助けが必要だと知っていても、支援してくれる人が現れた際、助けを受け入れることがさらにつらい場合もあります。」

“1 人の少年が、大西洋の海岸沿いに歩いています。砂浜に打ち上げられたヒトデを拾い上げては、歩を進めながら海に投げ返します。一組のカップルが少年に歩み寄り、何をしているのか尋ねます。少年は、「砂浜に打ち上げられたヒトデを海に帰している」と答えます。男性は海岸を眺めると、男の子に話しかけます。「海岸沿いの砂浜には数え切れないほどのヒトデが打ち上げられているよ。すべてのヒトデを海に帰すには限界があるんじゃないかな。」打ち寄せる波にヒトデを放りながら、男の子は答えます。「さっきの子は海に帰してあげたよ。」”

端正な顔立ち、思慮に富む、健全で屈託のない笑顔が、鮮やかな青い瞳をより一層際立たせます。ハンス・ペーターはいろいろな意味で夢の中で生きています。自分の人生を共有した人々から愛される彼は、インスピレーションと喜びの源です。そして最高のライバルでもあります。苦難は魂を豊かにしてくれるのです。彼女の 2人の子供たちは彼が見守る中、大きく成長し、彼を父親として見ています。彼は仕事を共にする人たちに恵まれており、仕事仲間は彼の粘り強さや経験から学んでいます。自分が持っているものを分け与えることで、他の人は生きているのです。彼はドイツ南西部の緑に囲まれた場所に自分の家を建て、トルコにはセカンドハウスを構えています。そこには白い砂浜、青い空、青緑色の海が広がっています。自分の足が思い通りに動けばいいと思うことがあると率直に認めながらも、憤りを感じることはないと言います (「ふとした願い」というものは誰もが抱く思考です)。

ハンス・ペーターは 19 歳でドイツ軍に入隊。ほどなくして体に異変の兆候が現れ、衰弱していきます。彼は病に倒れました。病は、何度も何度も彼を襲います。検査医は原因を特定できずにいました。症状は悪化の一途をたどり、自分の膀胱を制御できなくなりました。今度は、脊柱で悪性の進行が明らかになります。手術が行われ、ハンス・ペーターは障害を背負うことになりましたが、完全な身体障害者というわけではありません。歩くことはできます。でも、走ることはできません。彼の徴兵期間は短いものでした。

その後 10 年の間に、さらに 2 回の手術を受けました。「この経験を通じて、我慢強さと謙虚さを身に付けました。人間であることの証を学びました。」4 回目の手術を終える頃には、ハンス・ペーターは完全に車椅子を使用するようになっていましたが、彼は新しい状況を潔く受け入れました。こうした穏やかな感情は苦難の末に手に入れたものです。

“真っ赤な風船を手にした子供が彼に近付いて来て「本当に歩けないの？」と尋ねます。男の返事を聞くと、その少女は持っていた風船を彼に手渡します。「これがあれば、空を飛べるかもよ」と女の子は言います。”

子供は無知だと言われます。理想家で、非現実的だと。どちらの考えも正しいとは言えません。ともあれ、人の意見というものは取るに足らないもので、人の見方は変わるのです。想像力について、不思議なことや非現実的なことを語るとき、無知という言葉は存在しません。不思議なことを知るということは、新たな世界を知ること。そしてその繰り返しなのです。子供は風船を片手に不思議に思います。男は自分の可能性について想像します。

「無知な理想家は強力な力を生み出します。」